その男は、音楽の耳鳴りがするそうだ。わたしは、その男に聞いてみた。
「どんな音楽なの?」
すると、男はこう言った。
「壮大で、輝かしく、夢のような耳鳴りだよ」
わたしは、
「あら、そう。それなら、楽譜にしてみれば」
と言った。
すると、男はこう言った。
「ぼくは、楽器がひけないし、楽譜が書けないよ」
わたしは、
「あら、それなら、残念ね」
と言った
すると、男はこう言った。
「胸がつまるような思いだよ。これは音楽なのだろうか」
と言った
わたしは、
「お医者さんに行ったらどうかしら」
と言った。
そして、男は病院に行った。
クスリを朝昼晩、三錠一日飲んでいると、音楽が聞こえなくなったそうだ。
わたしは、
「よかったわね。これで、毎晩ゆっくり眠れるわね」
と言った。
すると、男は
「ぼくはいつでも眠られていたさ。なんだか、もったいないような気もするけれど、病気が治ってよかった。よかった」
と言ったのだった。