顔面蒼白(そうはく)。持っていたスマートフォンは落ちて転がりました。
6月のある金曜日。仕事帰りのことです。私は乗換駅で電車を待っていました。ホームにはたくさんの人がいます。3列に並んで待つホームで、なぜか1人だけ並んでいない男性がいました。
その男性は身長170センチ程度、中肉中背、スーツ姿です。斜め掛けバッグを肩から提げ、スマートフォンを操作しています。「どうして1人だけ並ばないでいるのかなぁ」と思っていたら、その男性が急に後ろ向きで、意識を失って倒れてきたのです。私の右膝にぶつかりました。
「大丈夫ですか?」。
周囲の人が男性に駆け寄ります。かたや私は足が痛くて、駅の壁に寄りかかるのが精いっぱいでした。
親切な女性が私を心配して、話しかけてくださいました。私は「痛いですが大丈夫です。ありがとうございます」と答えました。足の痛みより、男性が倒れたはずみで線路に落ちなくてよかったという気持ちもありました。
2人の駅員が男性に駆け寄りました。何か話しかけています。男性の目はうつろです。1人は落ちていたスマートフォンを拾い、男性に手渡しました。男性はヨロヨロと立ち上がり、スマートフォンを手にしてホームの柱に寄りかかっていました。
駅員は私に言いました。
「あなたも足をけがしましたし、念のためにお互いに連絡先を交換した方がいいのではありませんか?駅では示談交渉に関与しません」
「ぶつけた痛みだけで何の問題もなさそうです」。私はこのように程度を説明しました。そのうちに電車も到着しましたので、乗ることにしました。とはいえ、やはり痛みがありますので、歩くのもヨタヨタです。優先席に座って休むことにしました。
男性も同じ電車に乗っていました。ドア付近に立ち、スマートフォンの操作をしています。もうフラフラした様子はありません。しかし、また倒れてしまうのでは、と気が気でありません。たまに横目で見ながらKindle読書をしていました。同じ駅で下車したらどうしよう、と変な心配もあります。
何駅目かの乗換駅で、その男性は私に会釈をして下車しました。私はホッとしました。ドアが閉まるまで窓から見送り、またKindle読書を続けました。
駅の改札を出ますと、また足が痛くなってきました。家までたどり着くのも、かなり時間がかかってしまいました。夕食の準備も何度か座ったり休んだり。入浴はゆっくりして、足を何度かなでて温めてみました。不幸中の幸いで、翌日には痛みはすっかり消えて、痣(あざ)もありません。
後になって考えました。念のためにお互いに連絡先を交換した方がよかったのでしょうか。私の座右の銘は「君子危うきに近寄らず」です。知らない男性と連絡先を交換するのは不安がありました。
今回は、痛みの程度から連絡先の交換しない判断をしました。もちろん車との接触なら、明らかに、連絡先を交換した方がいいと思いますが。みなさんは、どう思いますか?
この週は気落ちすることが多く、私の気持ちもかなり不安定でした。こういうときこそふだんどおりの生活をして、自分を大切にしたい、そんなことを思った週末でした。