仙台のど田舎で多感な十代を過ごした私は、村上春樹の小説に描かれている世界はノンフィクションであり、東京に行けば同じ世界が待っていると信じていました。そんな私の愛読書は『ノルウェイの森 上 (講談社文庫)』でした。
講義のあとで僕は大学から歩いて十分ばかりのところにある小さなレストランに行ってオムレツとサラダを食べた。そのレストランはにぎやかな通りからは離れていたし、値段も学生向きの食堂よりは少し高かったが、静かで落ちつけたし、なかなか美味いオムレツを食べさせてくれた。
村上春樹のオムレツの描写は上品で印象的で、しかも美味しそう。
ハルキストだった十代の私は、東京の食堂で出されるオムレツは、おしなべて美味しいに違いないと思っていたのです。浪人生だった私は東京の大学を受験するために、北十条のウィークリーマンションを借りたのですが、さっそくその地の小さな食堂でオムレツを食べることにしました。
労働者向けの小さな食堂でした。オムレツを注文し、それを口にすると、とても平凡な味だったことに驚きました。ありえる結果です。これは、村上春樹が描いた東京の夢から醒めるきっかけでした。そして、北十条で食べたこのオムレツの味は、私の十代が終わる合図でもありました。