デザインの基本書を見つけないと前に進めない
美術とは縁遠い人生を歩んできたけれど、制作業務に就くことになったような方に、格好の入門書になります。武蔵野大学出版局が出版した『かたち・色・レイアウト』は、武蔵野美術大学のデザイン情報学科1年生のために、実際に行われた短期集中授業「デザインリテラシー」をもとに編まれました。コンパクトなページ数も、見逃せないポイントです。多忙な社会人でも、120ページなら読破できそうです。
本書がレクチャーする「デザインリテラシー」とは、デザインのもっとも基礎となる読み書きの能力のことです。3つの章で「かたち」「色」「レイアウト」を学びます。
そして、10のExercise(演習)では「描く」「塗る」「切る」「貼る」といった手作業を通し、視覚のしくみの理解を深めます。もとになった授業では、パソコンに頼りません。コンピュータ操作に熟練していなくても、デザインの基礎を学べるようにするためです。
私も気持ちだけは新入生の一人になったつもりで、本書をひもといてみました。
出版社、新聞社、デザイン会社のデザイナーに現場の風景を聞いてみたところ
私は新聞を制作する現場に身を置いています。カッターやペーパーセメントを用いるような手作業はありません。デザイン、出版、新聞、音楽など、現実の制作現場に目を向ければ、コンピュータ作業が一般的です。
職場はデジタル化が進み、アプリケーションをより高度に操作するため、プログラムを組んで仕掛けを作るスキルすら必要になります。こうしたデジタル化の波は、新聞業界だけでなく、出版やデザイン業界で活躍する友人たちに聞いても同じです。
従業員は社内研修を受けたり、スクールに通ったり、技法書を買い求め、コンピュータ操作の技術を磨きます。しかし、コンピュータを扱うレッスンに、デザインの基礎学習を含んでいるとは限りません。
たとえば、私の手元にあるPhotoshopの技法書をひもとくと、文字間や行間を調整するパネル、色調補正するためのパネルなどの場所が書いてあります。場所は分かりました。では、これらをどのように操作するのが、いま取り組んでいる制作物では正解なのでしょうか。このように、コンピュータ操作の学習にあわせて、判断の源となるデザイン的な知識は必要になってきます。
ここで余談となりますが、ウェブデザイナーをしている、ある友人のことを思い出します。友人は美大卒ではなく、大学で勉強していたのは社会学でした。そんな経歴を持つ友人が、ある日、仕事のためと称して木炭デッサン会に通いはじめたのです。「素材に使える、ちょっとしたイラストでも描けるようになりたいから」という動機でした。テックな業界の最前線で仕事をしていても、根っことなる美術学習は必要に感じるようです。
デザインの道具がなくても「かたち・色・レイアウト」は有益な練習になる
本書のお話に戻りましょう。本書では10の演習課題を用意しています。実際の授業と同じように、読者の手元にも「ペーパーセメント」「ケント紙」「絵具」「製図ペン」…といったデザイン用具一式があることを前提としています。しかしながら、読者が多忙な社会人なら、デザイン用具一式を準備するのは現実的に難しいでしょう。本書の趣旨に反しますが、グラフィック系のアプリケーションを使いこなせる読者なら、これらで代用してもある程度は演習に参加できます。
たとえば、Exercise1はとても面白い演習です。「多義図形「ルビンの壺(杯)とネッカーキューブ」をそれぞれ作図しなさい」という課題で、だまし絵を作ります。製図用具、絵具、ケント紙などを使って本来は制作しなくてはならないのですが、私はPhotoshopを使って制作しました。
Exercise8は文字組に関する興味深い演習です。文字と文字の間に、不自然な領域が生じる理由を学びます。文字間には微調整が必要となるわけですが、この課題もPhotoshopなどで取り組めます。「環境設定」の「ガイド・グリッド・スライス」で、文字組しやすい適切な設定を見つけ出すのも楽しい。
本書で得た知識を仕事で使うのは当然としても、ブログのデザインをカスタマイズするような趣味の領域でも活躍します。知っていなくてはならない知識は、使える知識。知らなかったことを洗い出すチェックリストとしても活用できます。デザインをこれから学びたい人にはオススメしたい好著です。お手にとってみてはいかがでしょうか。