かつて、ある高名な画家は『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』という絵を描いた。私はこのタイトルに、惚れ惚れしてしまう。
物事が存在するのは、始まりがあるからだ。そして、終わりがある。終わりは、新しい始まりを告げる。だから、お尻と人生は相通じている。
妻は、尻はどこからはじまって、終わるかを問うて止まない。彼女は、私の尻を実験台のように触りまくる。赤の他人ならセクハラであろうが、私と彼女は夫婦の契約関係で結ばれているので、私はただただ「やめてくらはい」と言うのみだ。
妻の疑問が晴れなければ、休日も心が休まらない。契約している生命保険会社の栄養士さんにメールを打った。
相談者(男性) 小学生の子ども(娘)からの質問の件
お世話になります。 医師の方に質問するには、少々、かっこ悪い内容ですもので、いつも丁寧に教えてくださる栄養士さんにご質問させていただきます。畑違いな質問でございましたら、お許しください。
小学生の子ども(娘)から「お父さん、お尻は、どこがはじまって、どこで終わるの?」という質問ぜめにあっていて、困っております。あげくの果てには、私のお尻までさわってくるので、気も休まりません。
ネットでも調べてみましたが、いまいち分かりませんでした。 なお、娘がお尻に興味を持っている理由といたしましては、男性と女性の体つきの違いに端を発するようです。もちろん尾てい骨から太ももにかけての部分であると同時に、正面から股間を通って、尾てい骨に至るゾーンに関心があるようです。いったい、どこからどこまでが、お尻なのでしょう? へんてこな質問で申し訳ございません。娘の上手に説明できるお言葉をいただければと存じます。
数時間後、栄養士さんから返事が届いた。
ご質問ありがとうございます。
私にも子供がおりますが、時にヘンテコな質問をしますよね。
お尻はどこまでなのか。というものですが、私も医師ではないので正確なところは申し訳ありませんが分かり兼ねてしまうのですが、子供への回答としてはいわゆるお尻の部分なんだということを説明してあげてはいかがでしょうか?
すみません、きちんとした回答になっておらず申し訳ないです。
栄養士さんの応対は鉄板だ。
「ご質問ありがとうございます」とウェルカムな挨拶から入り、「私にも子供がおりますが」と質問を認識し、「時にヘンテコな質問をしますよね」と質問者に同調を示して、安心させる。かなり訓練された文章だ。
ところが、プロフェッショナルだった態度は後半に豹変する。「私も医師ではない」とストップワードが表れて、「分かり兼ねてしまう」と困惑をにじませる。そして、「子供への回答としてはいわゆるお尻の部分なんだということを説明してあげてはいかがでしょうか? 」と、ゴールは投げやりだ。
栄養士さんの言う「いわゆるお尻の部分」とは、いったいどこのことなのだろう。
セカンドオピニオンの栄養士さんを不愉快にしてしまった私には、これまで築いてきた信頼関係も、がらがらと崩れ去ってゆく音が聞こえた。私は、これから誰に健康相談したら良いのだろう。うなだれる私に、妻がまた尻を触って去っていった。そんな10月の連休である。