元プロ野球選手の清原和博が今年2月に覚せい剤取締法違反で現行犯逮捕され、大いにニュースになりました。日々のニュースで驚くのは、清原の周りには、彼を慕うたくさんの友だちがいること。任侠のような容貌で、けっして大人物に見えないにもかかわらず、大魔神佐々木が弁護側の情状証人として証言したり、桑田がエールを送ったりと、友情はあつい。
果たして、私が麻薬に溺れたら、こんなに友人が集まるか謎です。そして、ついに本日5月31日、執行猶予付きの判決が下りました。報道によれば、裁判官は、多くの人のまなざしが清原に注がれていることを、改めて諭したという [1]。
そういえば、友だちのサポートで中毒から立ち直った人物がいます。文士の坂口安吾です。彼は、酒、睡眠薬から覚醒剤に至るまで中毒のデパートのような人でした。
いまでは信じられないことだけど1943年から1950年までは、覚醒剤は印鑑があれば薬局で誰でも買うことができた。疲労回復力のために、長時間労働が要求される人々が好んで利用した。小説家も麻薬を愛した職種の一つだった。太宰治、織田作之助、そして坂口安吾といった当時の文士たちは、仕事に打ち込むため、中毒になった。
安吾は中毒から立ち直ったのだけど、「安吾巷談-麻薬・自殺・宗教」のなかで、必要なのは「友達」と回想しています。
困った時には友達にたのむに限る。私が二度目の中毒を起したとき、私は発作を起しているから知らなかったが、女房の奴、石川淳と檀一雄に電報を打って、きてもらった。ずいぶん頼りない人に電報をうったものだが、これが、ちゃんと来てくれて、檀君は十日もかかりきって、せっせと始末をしてくれたのだから、奇々怪々であるが、事実はまげられない。平常は、この人たちほど、頼りにならない人はない。檀一雄は、私と約束して、約束を果したことは一度もない。完全に一度もないが、本当に相手が困った時だけ寝食忘れてやりとげるから妙だ。
出典:坂口安吾, 安吾巷談-麻薬・自殺・宗教
どうして、こんな一大事になったのか?覚醒剤を服用すると、眠れなくなるので、強力な睡眠薬をつまみにウイスキーを呑む。はじめは眠るためだったのだけど、次第に酩酊を得ることが目的に変わる。こうして中毒症状に陥ったのです。
私の場合は覚醒剤をのんで仕事して、ねむれなくて(疲労が激しくなってアルコールだけでは眠れなくなった)仕方がないので、ウイスキーとアドルムをのんでるうちに中毒した。
出典:坂口安吾, 安吾巷談-麻薬・自殺・宗教
自殺への衝動に苦むようになると、妻は安吾の友達に助けを求めた。孤独に身を置くと、かえって悪くなるので、親しい友達が泊まりこむ。
そうして私が気がついたとき、私は伊東に来ており、私の身辺に、四五人の親しい人たちが泊りこんでいるのを発見した。
出典:坂口安吾, 安吾巷談-麻薬・自殺・宗教
安吾が語るところによれば、止めるのは覚醒剤よりも睡眠薬の方が大変だったらしい。中毒は強制的に中断させるのではなく、止めようという決意のもと、周囲のサポートのなかで、ゆるく断薬してゆく必要があるようです。
病院へ入院し、強制的に薬を中絶された場合には、私のように三度オネダリすることも不可能で、完全に一度も貰えないのであるが、自分の自由意志によって、そうなるのではないから、ダメなのである。だから精神病院の療法はこの点に注意する必要があって、二度や三度は薬を与えても、患者の自由意志によって治させるような方向に仕向けることを工夫すると、中毒の再発はよほど防ぐことができるのではないかと思う。これは中毒のみではなく、精神病全般について云えることで、分裂病などでも、あるいは自覚的にリードできる可能性があるのではないかという気がするのである。
出典:坂口安吾, 安吾巷談-麻薬・自殺・宗教
「二度や三度は薬を与えても、患者の自由意志によって治させるような方向に仕向けることを工夫すると、中毒の再発はよほど防ぐことができる」というのは、真理を突いている。スイスでは、「ヘロイン計画」という更正プログラムが行われている。麻薬中毒患者に無料でヘロインを処方することで中毒治療を行い、実績を上げている。
ヘロインを無料で配布しながら中毒治療を行う「ヘロイン計画」(HeGeBe)が1994年に導入され、約400人がこのプログラムに参加。2年後には約1千人の麻薬中毒患者が対象となった。過去10年間、患者数は約1500人で安定している。(2012年は1578人、うち391人が女性)
出典:「ヘロイン計画がなかったら、とっくに命を落としていた」 – SWI swissinfo.ch(閲覧日:2016年6月1日)
やはり、やんわりと断薬にもっていくのがコツのようで、きっぱり断薬というのは、どうもうまくいかないようです。ただ、清原の周囲にはあつい友情を持つ友だちがたくさんいる。この点では中毒から立ち直る可能性を秘めている。