取引先に勤めるキャンディさんは、中国からやって来たインバウンド女子。わたくしルーは、彼女を接待するため、寿司屋へリードした。
キャンディさんは、日本の文化をあまり知らない。というわけで、寿司を通してお江戸の粋を教えてやろうという魂胆だ。私は、まあまあ、お好きなものをと言った。まず目の前に流れてきたのは、ビールである。
「男は黙ってサッポロビール」という名コピーがあるが、ビールは寡黙な日本人民のガソリンである。日本では黙ってビールを飲むのだと、ビールを飲みながら説明した。
ビールと来たら、次は枝豆。これはお江戸のルールである。しかし、この緑色の豆の正体を知る者は少ない。こいつは、若い大豆なのだ。
タンパク質を取ったら、次は糖質が欲しくなるのは当然だ。糖をエネルギーに変え、日本のGDPと血糖値と偏差値はウナギ登りだ。アカデミックな味わいの大学芋は寿司屋で旨い。
和菓子の後は、洋菓子で口直しする必要がある。バランスの美学は、日本の黄金率だ。プディングが日本に伝わったのは、江戸時代後期から明治時代初期である。philosophyを哲学と訳した西周も、プディングはプリンと手を抜いたのだと説明した。
そうこうしているうちに、次はかりんとう饅頭である。黒糖を練り込んだ生地に、こしあんを包み、油で揚げた饅頭。和菓子界の新参者だ。「かりんとう」と「饅頭」は本来は別の食べものだが、日本人の好奇心に満ちた物づくりの精神がここにある。
和と洋の素晴らしい出会いが生み出した逸品が黒糖ゼリーである。まるで、まるで、君とぼくのように、なんつって。と、わたくしは次から次へと、ヘラヘラしゃべる。キャンディさんは怒りを押し殺していた。
「どれもお寿司じゃない!」
おっと。そうであった。寿司にもいろいろある。たとえば、これだ。
お稲荷さんを指さした。キャンディさんは、髪の毛をかきむしり、怒り始めた。それじゃ、何を食いたい?と聞くと、爆買いインバウンド女子らしく、魚がたくさん乗っかっていて、モリモリ食えるものと言う。それなら、これだ。
ちらし寿司である。なぜ、ちらし寿司を勧めるのかといえば、実はわたくし、ちらし寿司探検隊の隊員だからである。キャンディさんは、答えになってないと言った。まあいいじゃないか。キャンディさんも勧誘したかったのだから。ちらし寿司で、世界の友好を願った。