都内のオフィス街で場末感漂う裏通り。人通り少ない場所に、小さな美術ギャラリーがあった。切り盛りするのは、若い女性のギャラリストである。このギャラリーの存在を私に教えたのは、齢七十の画家Mだった。年老いても根っからの女好きであるM氏は、美人ギャラリストに魅せられて、ここで個展を開く決心をしたのだった。
このように、この美しいギャラリストには女子力だけも、人を呼び寄せる能力があった。しかし、それは同時に弱点でもあり、彼女の営業能力は人間的な魅力に頼りすぎていた。パソコンが苦手で、ギャラリーにはホームページすらなかったのだ。私はこの事態は重大な問題だと感じたが、女性ギャラリストからは危機意識を感じなかった。
私はこのギャラリーの企画展に参加した思い出がある。このとき、彼女が行うイベントの主な宣伝手段は、顧客名簿を元にした電話営業であることを知った。美術ファンが集まる銀座にいるわけではないので、新しい出会いは期待できない予感がした。実際、内輪で集まる美術展になった。必要は発明の母というが、このとき、私は参加作家の一人として、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)や、ブログ、美術系ポータルサイト、メーリングリストなどを駆使して、イベントの宣伝をして欲しかった。そうすれば、この美術ギャラリーで成長できると思った。
インターネットを利用してギャラリーの活動を世に知らせることは大切だ。これをしないと、ギャラリーがいま、何をしているのか世間は分からない。トレンドも生み出せない。言うまでもないことだが、ホームページはぜひ欲しい、お客さんが定休日に訪れる悲劇は防ぎたい。
「人と人」「人と作品」が出会う場所が、ギャラリーだと思う。作品(コンテンツ)を盛った器(コンテナー)という仕組みでは、ギャラリーをメディアの一種と見立てることができる。メディアは、ゆるやかに人と人とがつながるSNSからとっかかりをみつけ、戦略的に営業する必要がある。大切な情報のありかを、世に気づかせるためだ。
ただ、こうしたインターネット・マーケティテングを駆使するには、ノウハウの蓄積が必要である。最悪なのは、苦手意識から、やらないことだ。私はブログの使い方をレクチャーさせていただいたり、ホームページをボランティアで作った。が、所詮、私はゆるいつながりを持つ外部者の一人に過ぎない。一が万事、内輪が集まる傾向の美術展が行われ、この小さな美術ギャラリーは、数年後に店じまいをした。アートマネジメントの難しさを思い知る悲しい思い出であるが、インターネット・マーケティングの重要性を私に気づかせた出来事でもあった。
いまもときおり、この生き残れなかった「美術ギャラリー」の記憶を思い返す。そして、逆にメディアが生き残るにどうすれば良いのか、示しているようにも思えるようになった。
デジタル・ジャーナリズムは稼げるかposted with カエレバジェフ ジャービス,茂木 崇 東洋経済新報社 2016-05-27 Amazon楽天市場Yahooショッピング