ゴールデンウィーク最初の三連休のことだ。妻が五反田で靴を買うという。私も買い物に付き合った。その日の午後は、五月晴れで、東京湾からながれこむ海風もそこはかとなく心地よい。うららかな目黒川に沿って歩いていると、若い女性が道ばたにうずくまっているのが見えた。
すれ違いざま、女は「ワッ!」と言って、突然立ち上がった。飛びかかってくるのか、オヤジ狩りかとひるんだが、女は続けてわれわれに言った。「びっくりしましたあ?」。あっけにとられた。
われわれを立ち止まらせた若い女は、近くに置かれた旅行用のトランクを開くと「実は、私ここで行商をしているのですう」と言った。トランクの中には果物が丁寧に並んでいる。私はこの商法に合点がいかなかったが、我が妻は「へえ、果物ですか」などと言って、女の話を聞きはじめているではないか。
この女をみて、私はふと、古い友だちの仕事のことを思い出した。
X君は、いまはT書房で本を売るかたぎの仕事をしているのだけど、前職の前職は、「M地所」という名の会社で不動産関係のやばい営業をしていた。出版業界へ転職した動機は「まっとうな仕事をしたかった」からと言う。彼のあきないとは、客にうまい話をもちかけ、契約に至るまで店内から逃がさないというものだった。もし、客が逃げようものなら、恐いお兄さんたちが別室で出番を待っている。これは、絵画のデート商法にも似ている。話を聞いた客が悪いという論法だ。
道ばたで行商をしているこの若い女性は、「この、まるまると大きいビワなんかどうですかあ、一個400円ですう」とリンゴのように大きなビワを指さした。ぼったくる値段ではないけれど、経験上、はじまり方は、終わり方を暗示していると思う。ワッと驚かせた出会いは、ワッと驚かせる終わり方をしてもおかしくはない。購入後はレシートをくれるのだろうか?さまざまな疑問がよぎる。私は時計を観て「あれ、約束の時間だ」とか言って、妻の手をひき、そこそこにその場を立ち去ったのであった。